みなさまこんにちは!
みっちーです!
いよいよ、2021年も終わりますね。皆様にとってもこの一年はどんな一年だったでしょうか。
コロナ禍で生活が大きく変わり、仕事や生活の仕方のみならず、さまざまな考え方や自分の歩む人生においても変化や進化があったのではないかと思います。
コロナというものは捉え方は様々あると思いますが、考え方によっては、世の中が色々なことと向かい合い、見つめ直し、進化していくためのものだったとも捉えられるかもしれません。
そんなこの一年も終わりに差し掛かり、私は故郷の千葉県の我孫子市に帰省しました。
普段できない程、のんびりとした時間を過ごしています。
皆様はいかがでしょうか?年末の今だからこそ、一年を振り返り、また来年への豊富を考えるのも良い機会ですよね😆
そんな一年の締めくくりに、私が綴ろうと思うのは、私の故郷、千葉県我孫子市についてです✨
今回このブログを書くにあたって、故郷我孫子の色々なところを訪れてきました✨
おそらく誰も我孫子市についてブログに書いてる人いないんじゃないかな。。。😳笑
我孫子市ってこんなところ
我孫子市は千葉県の北西部、茨城県との県境に位置しています。
人口は13万人で近年は東京へのアクセスも良いことからベッドタウンとして人気の街でもあります。
決して都会ではなく、どちらかと言えば田舎にあたるのだと思いますが、自然豊かで、子育て世代の家族も多く住みやすい街です。
我孫子市は北側を利根川、南側を手賀沼で囲まれており、田畑や緑が多くとても澄んだ空気で美しい景色を見ることもできます。
私はこの我孫子市に生まれてから18歳まで住みましたが、それから時が流れても美しい自然は変わらずに残っています。
そして我孫子といえば、とにかく読み方が難しい、とよく言われます💦笑
以前、笑っていいとも!でなぜか我孫子市の話になり、タモリさんが
「あびこって読めないよねぇ〜」って言っていました笑
読めないけど、漢字は見たことあるって方もいらっしゃるかもしれません。
また、歴史的にも文豪、志賀直哉や武者小路実篤ら白樺派と呼ばれる若い作家たちが我孫子を好み、執筆活動をしたことは有名なお話です(後述致します)。
我孫子市と縁のある人物〜多くのプロゴルファーを輩出〜
我孫子市生まれで芸能人、スポーツ選手は多数いらっしゃいます。
上記の方々がいらっしゃいます。結構、職業が偏っていますね!
実は我孫子はゴルフで有名なんです!歴史ある「我孫子ゴルフ倶楽部」は1930年に誕生した日本でも歴史の古いコースです。
ゴルファーにとっては、我孫子ゴルフ倶楽部でプレーできることは自慢にもなるし、一度はプレーしたい場所なんだそうです。
ここから輩出した数多くのプロゴルフプレイヤーは我孫子一門と呼ばれ、青木功さん、尾崎将司さん、尾崎健夫さん、尾崎直道さんなどがいらっしゃいます。その師匠が林由郎さんなのだそうです。
そしてアナウンサーも多いんですね!また芸人さんではナイツの塙さんも我孫子市の出身です😀
我孫子の観光
我孫子市はやはり美しい自然を体験できるのが醍醐味です。
またその住みやすさ、子育てのしやすさから若い家族の方々も多くいらっしゃいます。
まず人気のスポットからご紹介していきますね😄
手賀の丘公園
やはり我孫子といえばこの手賀の丘公園は外せません。 本日(2021年12月31日)、私が公園が訪れた時も、多くの家族、カップル、ご夫婦がいらっしゃりのんびりした時間を過ごされていました。 私も久しぶりに行きましたが、子供の頃からほとんど変わっていないのが、とても嬉しい気持ちになりました😊
手賀の丘公園は手賀沼に面して作られています。
私が小学生の頃は、手賀沼は日本で一番汚い沼だったんです。昭和30年代前半まではウナギやワカサギなど川魚漁が盛んに行われ、水鳥や水生植物の宝庫と言われていました。しかしその後、高度経済成長期以降、大規模な干拓事業や急速に都市化する周辺からの生活排水により、1974年から27年連続で「水質汚濁ワーストワン」でした。しかし、90年代半ば以降、下水道や浄化施設の整備、清掃活動などの市民活動、また2000年には北千葉導水路の完成などにより美しい沼へと再生したのです。これには県や市の役所の方々や地域の皆様の努力によるものです✨ありがとうございます。
今日訪れても、沼にはたくさんの魚たちが泳いでおり釣りを楽しんでいる人や、白鳥や野鳥がたくさん遊んでいる姿を見ることができました!
今日も白鳥が来ていましたよ!
えっ!陸に上がってる!白鳥を陸で見たの初めてかも笑
別の白鳥は陸で何か食べてました😆
人が多くて賑わってたから、白鳥も陸まで遊びに来たのかな♪
そしてボート乗り場✨
30年以上前から変わってない😆
スワンのボートとか昔は結構流行っててみんな乗ってました!乗り場は今でも変わらずにあって、まだやっているみたいでした!夏に訪れた方は乗ってみるのも手賀沼を堪能できて良いですよ!
公園内には「平和の灯」という記念碑もあります。
1985年に広島市から原爆で被爆した旧庁舎の側壁と敷石を我孫子市被爆者の会が譲り受け、この記念碑が建立されました。以後毎年8月に平和記念碑の前で、平和記念式典が開催されています。
また、2015年8月15日に、広島平和記念公園にある「平和の灯」から火を譲り受け、この記念碑に点灯されています。この灯は、地球上から核兵器が無くなるまで燃やし続けていくそうです。
公園内には、我孫子市のゆるキャラの「うなきちさん」の自動販売機もありました✨
五本松公園
そして五本松公園です。
4.8ヘクタールの緑豊かな森の中にある公園です。
我孫子市民だったら知らない人はいない、(多分)誰もが必ず行った事がある公園です😄
マイナスイオンがたっぷり放出されている(ように感じられ)、森林浴に最高です✨
幼稚園や小学生の頃、課外授業で何回か訪れました!
何十年ぶりに今回行きましたけど、今日感じたのは
「あれ、思ったより小さい。。。」
そうか、私も成長したんだなぁ、としみじみ感じましたよ😊
公園内にはアスレチックとバーベキューやキャンプ場があります!
コロナ前は夏になるとバーベキューやキャンプでいつも賑わっているそうです🏕
奥まで進んでいくと、手賀沼を臨む事ができます!
志賀直哉邸跡
我孫子市は数々の文豪が暮らし、執筆活動をしていた場所でもあったんですね!
1914年(大正3年)に柳宗悦は結婚後、叔父の持つ我孫子の別荘に引っ越してきました。
その翌年には志賀直哉が我孫子に住まいを構えました(大正12年まで居住)。
更には、武者小路実篤や滝井孝作も我孫子に集ってきました。
我孫子移住後、志賀直哉は静かな環境のもと、武者小路らと感性を高め合い、数々の作品を執筆しています。
1917年(大正6年)には長年不和であった父親との和解を題材にした『和解』や『城の崎にて』、1920年(大正9年)には『小僧の神様』、よく1921年(大正10年)には『暗夜行路』(前編)などを発表していきました。
この跡地を訪れてみると今は建物こそありませんが、その時の志賀直哉の執筆の様子が、情熱が浮かんでくるように感じることができました!
その他の有名(?)スポット
その他にもたくさんの見処が我孫子市にはあります。
有名でよくテレビなどでも取り上げられるのが、我孫子駅のホームにある、
立ち食い蕎麦屋さん「弥生軒」の「唐揚げそば」✨
もうこれが絶品なんです😆
濃厚な汁に程よい食感の蕎麦、そしてその上にはボリュームがすごい唐揚げが✨
すっごい人気のこの立ち食い蕎麦は、店内に入りきれず、外で食べている人も多数います!
電車に乗る用事はないのに、蕎麦を食べるために、切符を買っていく人もいるんですよ🤗
それくらいの人気!このコロナ禍においてはかつてのようにはいかないとは思いますが、それでも子供の頃からある、まさに我孫子市のソウルフードと言えるのではないかと思います。
塾の帰りや友達と遊びに行った帰りによく食べたなぁ😀
私の親友のおばあちゃんが店員さんやってました笑
ちなみに蕎麦無しの、汁に唐揚げを浸した、唐揚げだけの注文もできます!
今回は時間がなくて写真が撮れなかったので、ぜひ実物は皆様が我孫子駅に足を運んで頂き、ご賞味頂ければ嬉しいです!
そうそう、この弥生軒はかつてはお弁当屋さんで、あの画家の山下清さんが働いていたことでも有名です!
以前、我孫子市はテレビ番組のアド街ック天国にも紹介されて話題になりましたね!
これといった大きな特徴がある街ではありませんが、自然と市民が調和・共存している、とても優しい街です。豊かな自然は住む人々に安らぎと癒しを与えてくれます。
まとめ
私も18年も住んだこの街ですが、子供の頃とは違った魅力を今何十年も経って改めて感じます。
年末年始、故郷に帰った方も多いのではないかと思います。
そんな時だから改めてご自身の故郷を今一度見直し、触れてみると新しい感覚を感じることができるとともに、自分を育ててくれた街に感謝の気持ちが湧いてくるはずです。
本年もありがとうございました!
また、2022年度も皆様に何かお役に立てたり、良い情報をお届けできればと思っております。
来年もよろしくお願い致します!
皆様も良いお年をお迎えくださいませ😄
コメント
我孫子市!初めて知りました!
本当に長閑な感じが伝わってきました(笑)
住みやすそうですね😊
我孫子市!初めて知りました!
本当に長閑な感じが伝わってきました!
住みやすそうですね😊
ゆうめいさん、ありがとうございます!
我孫子市、かなりレアな地域ではありますが、とても良いところです!
関東に訪れる機会があった際にはぜひ我孫子市にも足をお運びください😄